ジェンダー・スコープ

犯罪におけるジェンダー:被害、加害、そして司法の視点

Tags: ジェンダー, 犯罪, 司法制度, 被害者, 加害者, 社会問題

はじめに:犯罪という現象とジェンダー

犯罪は、社会の安全や個人の生活に深刻な影響を与える普遍的な問題です。その原因や構造は多様であり、経済的な要因、心理的な要因、社会的な孤立など、さまざまな要素が複雑に絡み合っています。しかし、犯罪という現象を深く掘り下げていくと、そこにもジェンダー、すなわち社会的に構築された性別や性別の役割、関係性が深く関わっていることが見えてきます。

本記事では、犯罪におけるジェンダーの側面を、主に「被害者」「加害者」「司法制度」という三つの視点から解説します。単に性別による統計の違いを示すだけでなく、なぜそのような違いが生じるのか、社会構造や文化がどのように影響しているのかを探求し、犯罪とジェンダーの複雑な関係性について理解を深めることを目指します。

犯罪とジェンダーの背景にあるもの

歴史的に見ても、多くの社会において、犯罪行為やその被害に対する認識、そしてそれを取り締まる法や制度は、ジェンダー規範の影響を強く受けてきました。例えば、かつて一部の国では、性暴力の被害者が訴えを起こすこと自体が極めて困難であったり、夫婦間での暴力が家庭内の問題として扱われ、法的な介入が及びにくかったりした時代があります。これらは、女性に対する社会的な価値観や、家庭における性別役割分業といったジェンダー規範が、犯罪の定義やその対応に影響を与えていた例と言えるでしょう。

現代社会においても、犯罪統計を見ると、犯罪の種類によって加害者や被害者の性別に偏りが見られることがあります。例えば、殺人や強盗などの暴力犯罪の加害者には男性が多い傾向が見られますが、一方で、性暴力やドメスティック・バイオレンス(DV)といった特定の犯罪の被害者には女性が多い傾向が見られます(ただし、これらの犯罪においても男性が被害者となるケースも存在します)。このような性別の偏りを理解するためには、単なる生物学的な性差だけでなく、社会における性別役割、期待、権力関係といったジェンダーの側面を考慮することが不可欠です。

1. 被害者としてのジェンダー:誰が、どのような被害に遭いやすいのか

犯罪の被害者となる可能性は誰にでもありますが、特定の種類の犯罪においては、ジェンダーが被害のリスクや経験に大きく影響します。

特定の犯罪における被害の偏り

被害経験の多様性:インターセクショナリティの視点

被害者としてのジェンダーを考える上で重要な視点が「インターセクショナリティ」です。これは、ジェンダーだけでなく、人種、階級、性的指向、障がいの有無、年齢といった複数の属性が交差することで、差別や抑圧が複合的に影響し、特定の集団がより脆弱な状況に置かれることを指摘する考え方です。例えば、低所得のトランスジェンダー女性は、経済的な困難、性自認への偏見、女性であることへの差別が重なり、特定の犯罪の被害に遭うリスクが高まったり、支援にアクセスしにくくなったりする可能性があります。被害の実態を正確に捉え、適切な支援を行うためには、このような多様な属性の交差を考慮することが不可欠です。

2. 加害者としてのジェンダー:なぜ、誰が犯罪に関わるのか

犯罪の加害者についても、犯罪の種類によって性別の偏りが見られます。多くの種類の犯罪において、統計的に男性の加害者の割合が高い傾向があります。

男性加害者が多い背景

この傾向の背景には、生物学的な要因だけでなく、社会的な要因が大きいと考えられています。社会において男性に求められる「強さ」「支配」「競争」といった規範は、時に暴力や攻撃的な行動を助長する可能性があります。また、経済的なプレッシャーや社会的な期待に応えられないと感じた男性が、承認を求めて犯罪に走るケースも指摘されています。貧困、教育機会の不足、社会的孤立といった要因も、ジェンダー規範と結びつき、犯罪リスクを高める可能性があります。

女性加害者の多様な背景

一方、女性が加害者となるケースは男性に比べて少ない傾向がありますが、特定の種類の犯罪(例:薬物犯罪、窃盗など)では一定の割合を占めます。女性が加害者となる背景には、経済的な困窮、依存症、精神疾患、そして自身が被害者であった経験(特にDVや性暴力の被害経験が、その後の加害行為につながるケース)など、男性とは異なる、あるいは重層的な要因が見られることがあります。また、育児放棄や虐待といった行為も、広義には犯罪と見なされる場合があり、これらもまたジェンダー規範や家庭環境、社会的な支援の不足といった問題と深く関連しています。

3. 司法制度とジェンダー:公平な裁きは実現されているか

犯罪に関する捜査、裁判、そして刑罰や更生プログラムといった司法制度においても、ジェンダーは重要な影響を与えています。

制度運用におけるジェンダーバイアス

司法制度は、法律に基づいて公平に運用されるべきものですが、制度を運用する側(警察官、検察官、裁判官、弁護士、刑務官など)の持つ無意識のジェンダーバイアス(性別に対する固定観念や偏見)が、判断や手続きに影響を与える可能性が指摘されています。例えば、性暴力の被害者に対して、その言動や服装から被害を招いたのではないか、といった二次的な加害とも言えるような対応がなされるケースや、DVの加害者に対して「家庭内のこと」として軽視する傾向などが過去には見られました。

また、法律そのものが、かつてのジェンダー規範に基づいて設計されている場合もあります。例えば、夫婦同氏の原則や、かつての刑法における姦通罪などは、ジェンダーに基づいた規範が法制度に組み込まれていた例と言えます(ただし、これらは時代とともに見直されてきています)。

公正な司法に向けた課題と取り組み

司法制度がすべての人の権利を保障し、公平な裁きを実現するためには、ジェンダーバイアスを認識し、それを是正する努力が必要です。被害者支援においては、性暴力被害者等支援センターの設置や、性的虐待に関する証拠収集キット(SARC)の導入など、被害者が安心して手続きを進められるような環境整備が進められています。また、加害者に対する更生プログラムにおいても、性別や背景を考慮したアプローチの重要性が認識され始めています。

さらに、司法に関わる専門職に対するジェンダー研修や、より多様なバックグラウンドを持つ人材の登用も、制度の公平性を高める上で重要な取り組みと言えます。法制度自体の見直しも必要に応じて行われるべきであり、ジェンダー平等の視点から既存の法律を評価し、現代社会の実態に合わせた改正を進めることが求められています。

考察:複雑に絡み合う犯罪、ジェンダー、社会構造

犯罪におけるジェンダーの側面は、被害者、加害者、司法制度のいずれにおいても、社会構造、文化、歴史、経済状況といった多様な要因と複雑に絡み合っています。単に性別ごとの犯罪統計を眺めるだけでは、その本質を理解することはできません。

重要なのは、ジェンダーが単なる二元論ではなく、多様な性のあり方を含み、かつインターセクショナリティの視点から他の属性との複合的な影響を考慮する必要があるという点です。例えば、貧困、人種差別、性的少数者への偏見といった問題は、ジェンダーと結びつき、特定の個人や集団をより犯罪の被害者や加害者になりやすい状況に追い込む可能性があります。

また、犯罪を減らし、被害者を適切に支援し、加害者の更生を促すためには、単に刑罰を強化するだけでなく、犯罪の背景にある社会構造やジェンダー不平等といった根本的な問題に取り組むことが不可欠です。教育、福祉、雇用機会の均等といった分野での取り組みは、犯罪の予防にもつながります。

まとめ:ジェンダー視点で犯罪を問い直すこと

犯罪とジェンダーの関係は、私たちの社会が抱える不平等や偏見を映し出す鏡のようなものです。被害者、加害者、司法制度それぞれの側面からジェンダーの視点を取り入れることで、これまで見過ごされてきた問題点や、より効果的な解決策が見えてきます。

この問題に取り組むことは、特定の性別の問題に限定されるものではありません。すべての人々が安全に暮らせる社会、誰もが公正な扱いを受けられる社会を実現するために、犯罪という現象をジェンダーの視点から深く問い直し、社会全体の構造や規範を見直していくことが求められています。

学びを深めるための示唆

犯罪とジェンダーについてさらに学びたい方は、犯罪社会学、法社会学、ジェンダー研究、被害者学といった学問分野を参照してみてください。また、犯罪に関する統計データや、犯罪被害者支援団体の活動報告、司法制度改革に関する議論なども、現状や課題を理解する上で役立つでしょう。社会における権力構造やジェンダー規範がどのように個人の行動や制度に影響するかを考察することは、このトピックへの理解を深める上で重要な手がかりとなります。