災害時に顕在化するジェンダー課題:避難所から復興までを読み解く
災害とジェンダー課題の視点を持つことの重要性
自然災害は、私たちの社会や生活に甚大な被害をもたらします。家屋の損壊、インフラの寸断、避難生活など、すべての人々が被災者となり、困難な状況に直面します。しかし、災害による影響の受け方や、その後の復旧・復興プロセスにおける状況は、実はジェンダーによって異なる場合が多く見られます。
災害は単なる自然現象ではなく、その影響は既存の社会構造や文化、そして政治によって形成される脆弱性を浮き彫りにします。社会における役割分担、経済的な状況、身体的な特性、意思決定のプロセスへの関与度合いなどが、被災時のリスクやその後の回復力に影響を与えるのです。
ジェンダーの視点を持って災害を捉えることは、誰一人取り残さない、より公平で実効性のある防災・減災対策を構築するために不可欠です。表面的な被害の度合いだけでなく、社会的に弱い立場に置かれやすい人々が直面する固有の困難を理解し、それに対応していくことが求められています。
災害がジェンダーに与える具体的な影響
災害発生から復旧・復興に至るまでの各段階で、ジェンダーは様々な形で影響を及ぼします。ここでは、特に顕著な影響について見ていきましょう。
避難生活における課題
災害発生後、多くの人々が避難所での生活を余儀なくされます。この避難所という限られた空間では、特に女性や性的マイノリティの人々が固有の困難に直面することが報告されています。
例えば、プライバシーの確保は深刻な問題です。雑魚寝の状態では、着替えや授乳、生理用品の交換などが困難になります。また、トイレや更衣室が男女別になっていなかったり、数が不足していたりすると、女性は利用をためらい、体調を崩すリスクが高まります。生理用品や下着、化粧品といった生活必需品が、男性向けに比べて後回しにされやすいという課題も指摘されています。
さらに深刻なのは、避難所や仮設住宅といった環境におけるジェンダーに基づく暴力(Gender-Based Violence: GBV)のリスクの増加です。GBVとは、個人のジェンダーを理由に行われる暴力や、既存のジェンダー不平等によって助長される暴力を指します。避難生活のストレスや管理体制の不備が、性暴力やドメスティック・バイオレンス(DV)のリスクを高める可能性があります。
また、避難所では、高齢者や子ども、障害のある人などのケアの多くを女性が担う傾向があります。これは、平時から家庭内でのケア労働を女性が多く担っているという社会構造が、災害時にも再生産されるためです。ケアの負担が増加することで、女性自身の休息や心身の健康が損なわれる懸念があります。
情報アクセスとコミュニケーションの格差
災害に関する正確な情報を迅速に入手することは、命を守り、その後の生活を立て直す上で極めて重要です。しかし、情報へのアクセスにもジェンダー差が生じることがあります。
例えば、地域によっては、防災情報や避難指示が主に男性の集まる場所(例えば地域の集会所など)で伝達されたり、男性向けの言葉遣いやメディアで発信されたりすることがあります。また、インターネットやスマートフォンへのアクセス状況にもジェンダー差や年齢差がある場合があります。
加えて、避難所におけるコミュニティ内の情報共有や意思決定の場において、女性や社会的に周辺化された立場にある人々の声が届きにくいという課題も指摘されています。地域のリーダーシップや自治会が男性中心に組織されている場合、避難者の多様なニーズ、特に女性やマイノリティが直面する具体的な困難が見過ごされてしまう可能性があります。
経済的影響と復興プロセスからの排除
災害は経済活動を停止させ、多くの人々の収入を奪います。この経済的影響も、ジェンダー構造と深く結びついています。
女性は、非正規雇用やサービス業、農業など、災害の影響を受けやすく、かつ失業した場合に再就職が困難な分野で働く割合が高い傾向があります。また、平時からの賃金格差(ジェンダー賃金ギャップ)や、ケア責任による働き方の制約なども相まって、災害後に経済的に立ち直ることがより難しくなる場合があります。
復興プロセスにおいても、ジェンダー不平等が顕在化することがあります。例えば、被災者向けの支援金や住宅再建に関する制度が、世帯主(多くの場合男性)名義の財産に基づいていた場合、夫に依存していたり、名義が男性になっていたりする女性やその家族が支援を受けにくくなる可能性があります。
また、復興計画の策定や地域コミュニティの再建に関する意思決定の場に、女性や多様な当事者が十分に参画できていない場合、女性のニーズ(例えば、子育てやケアの環境、安心して働ける場所、防災対策への意見など)が反映されにくくなります。これは、復興後のコミュニティの質にも影響を与え、持続可能な復興を妨げる要因となり得ます。
具体的な事例とデータ
過去の災害では、これらのジェンダー課題が実際に報告されています。
例えば、阪神・淡路大震災や東日本大震災、熊本地震などの大規模災害では、避難所でのプライバシー確保の困難さや、性暴力リスクの指摘がなされました。また、災害関連死の中には、避難生活のストレスや持病の悪化に加え、慣れない環境でのケア疲れが影響したと考えられる事例も含まれていると指摘されています(これは直接的なデータとして示すことは難しいですが、専門家による分析で言及される視点です)。
ある自治体では、女性の視点を取り入れるために避難所運営マニュアルを改訂し、女性専用のスペースや生理用品の備蓄に関する項目を追加しました。また、避難所のリーダーに女性を積極的に登用する取り組みも行われています。
国際的な事例では、開発途上国における災害において、女性が土地の所有権を持たないために復興支援の対象から外されたり、災害後の人身取引やジェンダーに基づく暴力の被害に遭いやすくなったりといった問題が報告されています。これは、その国の法制度や文化的な慣習がジェンダー不平等を助長している例と言えます。
経済的影響については、災害後に一時的に女性の失業率が上昇したり、正規の仕事に戻れずに経済的に困窮する世帯が増加したりするといった分析も行われています。ケア労働の負担増に関しては、被災地で女性のボランティア活動が増加する一方で、家庭でのケア負担も同時に増え、休息時間が極端に減少するといった報告もあります。
多様な視点とインターセクショナリティ
ジェンダー課題を考える上で重要なのは、インターセクショナリティ(交差性)の視点です。これは、ジェンダーだけでなく、人種、階級、年齢、障害、性的指向、国籍、健康状態など、複数の属性が複合的に交差することで、個人が経験する困難や差別がさらに複雑化・深刻化するという考え方です。
災害時においても、例えば高齢の女性、外国籍の女性、障害のある女性、シングルマザーなどは、ジェンダーだけでなく他の属性による脆弱性も抱えているため、より深刻な影響を受けやすく、支援が届きにくい可能性があります。避難所がバリアフリーになっていない、情報が多言語で提供されていない、医療ニーズに対応できない、といった課題は、ジェンダー以外の属性とも深く関わっています。
また、ジェンダー課題は女性だけの問題ではありません。「男らしさ」規範にとらわれることで、男性が弱音を吐けず孤立したり、支援を求められなかったりするといった困難も存在します。多様なジェンダーの人々も、社会の偏見や既存の制度の不備によって避難や支援の過程で困難に直面する可能性があります。災害対策においては、全ての多様な人々が直面しうる固有の脆弱性を理解し、包摂的なアプローチを取ることが不可欠です。
災害対策におけるジェンダー主流化の必要性
災害時におけるジェンダー課題を解消し、全ての人々の安全と尊厳を守るためには、「ジェンダー主流化」という考え方に基づいた防災・減災対策を進めることが重要です。ジェンダー主流化とは、あらゆる政策や計画の策定、実施、評価の全ての段階において、ジェンダーの視点を組み込み、男女間の平等を促進しようとするアプローチです。
具体的には、以下のような取り組みが考えられます。
- 防災計画・避難所運営マニュアルへのジェンダー視点の反映: 避難所のレイアウト(女性専用スペース、授乳室、相談スペースの設置など)、備蓄物資(生理用品、下着、赤ちゃん用品など)の見直し、プライバシー確保のためのパーテーション設置など。
- 多様な主体による意思決定への参画: 災害対策本部や地域の復興会議などに、女性、若者、高齢者、障害のある人、性的マイノリティなど、多様な背景を持つ人々が意思決定プロセスに参画できる機会を確保すること。
- 多様なニーズに対応した情報提供: 災害情報や支援制度に関する情報を、様々な言語、形式(やさしい日本語、点字、手話など)、メディアで発信すること。
- ケア労働への支援: 避難所における育児や介護の負担を軽減するためのサポート体制の整備。
- ジェンダーに基づく暴力(GBV)への対策強化: 避難所における巡回強化、相談窓口の設置、専門家による支援、関係者への研修実施など。
- 復興プロセスにおける経済的自立支援: 女性やマイノリティが仕事や住まいを確保するための相談支援や情報提供。
これらの取り組みは、単に特定のグループを支援するだけでなく、コミュニティ全体の回復力と安全性を高めることに繋がります。災害対策は、物理的なインフラ整備だけでなく、社会的な公平性の構築も含まれるべき課題なのです。
まとめ:より公正で災害に強い社会を目指して
災害は、私たちの社会が持つ脆弱性を容赦なく露呈させます。その脆弱性は、しばしば既存のジェンダー不平等と結びついています。避難生活での安全や尊厳の危機、情報や資源へのアクセスの困難、経済的な困窮、そして意思決定プロセスからの排除など、ジェンダーは被災者が経験する困難の質と度合いに深く関わっています。
これらの課題に目を向け、ジェンダーの視点を取り入れた防災・減災対策を進めることは、全ての人が災害の影響から回復し、安全で尊厳ある生活を再建できる社会を築くために不可欠です。それは、特別な対策ではなく、より普遍的で効果的な災害対策そのものと言えます。
災害を乗り越え、より強くしなやかな社会を構築するためには、平時からのジェンダー平等に向けた取り組みと、災害時における多様なニーズへの理解、そしてそれを政策や支援に反映させる仕組み作りが求められています。私たち一人ひとりが、災害のニュースに触れる際に「これは誰にどのような影響を与えているのだろうか?」「見過ごされている困難はないか?」と、ジェンダーをはじめとする多様な視点から問いを立ててみることが、より公正で災害に強い社会への第一歩となるでしょう。
さらに学びを深めるために
災害とジェンダーの関係については、災害社会学やジェンダー研究、防災学といった分野で多くの研究が行われています。これらの分野の書籍や論文、国内外の政府機関や国際機関(例えば国連関連機関など)が発表している災害とジェンダーに関する報告書などを参照することで、より詳細なデータや事例、専門的な知見を得ることができます。
また、ご自身の住む地域で過去に発生した災害に関する記録や、自治体が公表している防災計画などをジェンダーの視点から見直してみることも、具体的な課題を理解する上で有益な学びとなるでしょう。地域のハザードマップや避難所の情報を見る際に、女性や高齢者、障害のある人など、多様な立場の人が安心して利用できるか、といった視点を持ってみることも学びを深めることに繋がります。